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  • 木村謙一

土蔵の修復について−あるいは「土にかける手間」

最終更新: 2019年7月12日

 左官と付き合って30年になる。

 もちろんボクは左官職人ではないので、「左官の友人となって」という意味だ。

 30年も経ってようやく「土の仕事」の相談をいただけるようになったのだが、ホント、土の仕事で、ボクのような美術・デザインの輩が関係するのは、なんとなく憚られて、ブレーキをかけていたような気もする。


 であるけれど、やはり左官の主人公は土であり、土を除外して左官は語れない。


 「左官回話」でも書いたが、土を中心にして考え、土ありきで思考すると「土の思想」とでもいうべきものに至る。土が主人公であるから、その他は全て土の弱点を補う脇役と考える。


 土は雨で溶けてしまう。表面は摩擦に弱い。と、「建築には不向き」なことばかり。土の塊である土蔵が新しく建造されたなんぞという話は、ここ数十年聞いたこともないのも仕方のない事なのかもしれない。


 しかし、土の素晴らしさを知っていると、あるいは知ってしまうと、思考方向が反対になる。要するに「土こそは絶対に必要、故に土を守り、土を活かせ!」という考えになる。これが「土の思想」であり、土の思想を見事に体現した建築物が土蔵なのである。

 そして土蔵は、この国のある時代に(江戸後期から明治・大正・昭和初期)ものすごくたくさん作られた。しかも建主は農家や商家など庶民であって、王侯貴族ではない。

 

 分厚く土で覆われた建築は世界的に見ると、版築やイギリスの「コブ」などの類例はあるが、その精緻さから言うと日本の土蔵はダントツであり、戸前と言われる扉の開閉部に見られる掛子と呼ばれる段々、また、戸前を雨から守る軒の垂木まで覆うその細やかさは、生の土としては世界中類例を見ない「バカバカしいほどの精緻さ」である。


左の写真はその例の一つ。この扉の段々を「掛子」と言うが、この写真では、一つ一つの段の角を白い漆喰で残し、他を黒い漆喰で磨くという、恐ろしく手間のかかった仕上げとなっており、よく見ると、開け閉めに使う丸いリングの付け根は花びらの模様で少し削られた造形になっていたり、「肘」と呼ばれる「ヒンジ」を避けるように段々の角の一部は大きく楕円状に白く削られていたりと、信じられないくらいの手間のかけよう!しかも、この蔵は、大きな建屋の中に守られていて、雨水による損傷を受けないようになっている。


 この「土にかける手間」と「土蔵を守る心」は、現代人には全く理解できないかもしれない。


(この写真は秋田県・増田の蔵です)


 

 2011年3月11日に東北地方太平洋沿岸部を襲った津波は、多くのものを奪い去ったが、「津波の直後、蔵だけが立ち残っている光景を見たよ」と東北在住の友人からボクは聞かされた。もちろんそれらの蔵も海水をかぶって使用不可能ではあるが、「蔵だけが立ち残った風景」は、昔の日本人たちがたくさんの土蔵を作ったその「土にかけた熱意」あるいは「土にかける手間」をなんとも不思議な形で表しているように思えてならない。


 さてしかし、土はそんなにいいものなのだろうか?土の素晴らしさはいったいどういうものなのだろうか?


 答えが知りたい人は、土蔵の中で最低でも3時間くらい過ごしてみるといい。仕事をもちこんでやってみるも良し。数時間かかる会議をしてみるも良し。昼寝も良し。まぁしかし、物置としての蔵は、開口部が小さくて内部は暗いので、開口部が大きくて風が通り抜け、ある程度外光も入る「座敷蔵」の方が人間にはわかりやすいだろう。そういう体験がしてみたい人は、伊豆・松崎町にある「山光荘」の蔵に泊まってみるといい。これは伊豆の長八自身が建て、自ら鏝絵を施した素晴らしい座敷蔵で、普通の旅館の値段で泊まることが出来る。(ナマコの部分は、後の時代の修復がよろしくないが、他はオリジナルのままだ。)


 このように語るボク自身、土の空間の素晴らしさに気付くには、相当の時間が必要だった。左官の友人が働く現場を訪ねたり、現場で一緒に働いたり、一緒に弁当の後昼寝をしたりという経験が積み重なってようやく理解した、というわけなのだ。


 しかし、座敷蔵でなくとも昔の人がよく蔵を建てたというのは、冷蔵庫がない時代にモノを保存したり、モノを製造する場合に土蔵が優れた効果を発揮していたからであって、火事からモノを守ろうとした意図もさることながら、野菜が長持ちするとか、味噌や醤油の製造にも適するなど、彼らは「知っていた」のである。


 21世紀になって、ヨーロッパでは環境的な考えから土が見直され始めており、高名な建築家が美術館などで大々的に土を使用したり、様々な試みが始まっているが、こんなにたくさんの土蔵を建築した日本人には、土の良さはまるっきり忘れられているようだ。実に、実に残念。


 ボクの元にも土蔵修復の相談をいただくようになって、最近、調査や費用の見積もりをやるようになり、中には「戸前」の新設の相談もあるので、とっても詳しくなってしまったのだが、どうもこの土蔵の修復にはいくつもの「問題」が存在することもだんだんわかってきた。


 一つは、修復に当たって適切な方法がとられる場合が実に少ない、ということだ。「土蔵の修復は、土の修復だ」という考えが忘れられている。

 二つ目の問題は、適切な方法で土を補修した場合はかなり長い耐用を期待できるが、それをできる技術を持つ職人が(特に関東地方以北には)極端に少ないということ。そして手間がかかるので、「いい加減な方法」より費用がかかってしまう、ということだ。

【左の写真は、ちゃんとした(土を修復する)土蔵の修復の現場だが、欠けてしまった掛子の修復は予算に無いということで、「やらせてもらえない」ジレンマを現場で見せてもらっているところ。】


 壊れた箇所をセメントや砂漆喰や樹脂などで補修していた「昭和時代のとりわけいい加減な補修」は既に無残な姿を露呈してているが、「平成に出現したピンネット付き補修」は、昭和よりはまし、と言えるにしても、根本的な修復とは言えず、土を疲労させ、土を殺す結果になる、とボクは見ている。「土蔵の修復は、土の修復なしには意味をなさない」のだ。


 ただ、土蔵を物置として補修するとしたら、この費用の高さは、現代人からすると理解不能であるとも思う。

 そこで、ボクは土蔵の使用目的の変更を提案したい。

 倉庫・物置がダメと言うのじゃないが、少し開口部を大きくとって、人間が長い時間使用する空間へと変更するならば、この分厚い土の空間は、グッと活きてくるはずなのだ。


 オフィスでもいい。ミニシアターでもいい。カフェやバー、食べ物を商う店舗などでもいい。研究者や物書きの書斎もいい。とりわけ集中力を必要とする作業場(アトリエ)が一番いいかもしれない。

 物置に数百万円はかけられないだろうが、適切に開口部を設けて「人が使用する空間」へと使用目的を変更したならば、昔の人が知っていた土の良さを思いっきり体験できる素晴らしい空間となること、請け合いだ。


 どうか、検討を切にお願いしたい。

 ボクはこのような「修復を待っている土蔵」をいくつか知っている。

 それら土蔵の「借り手」となって修復費用を負担してくれる人が現れないだろうか?


 もう一つ大事な問題がある。それは技術の伝承の問題だ。

 「土を修復する」という本来のやり方で土蔵をきちんと蘇らせる技術を持つ親方は、現在この国にわずか15人ほどしか存在しない、という事実である。今しか!この技術を若い職人へ伝承する時はないのだ。中途半端なやり方では自分の首を絞めることにもなってしまう。

 大気、水、そして土

人間に与えられた素晴らしい贈り物


老子の言葉にも

「人法地、地法天、天法道、道法自然」

(人は地にのっとり、地は天にのっとり、天は道に、そして道は自然にのっとる)

と、あります。


何故だかわからないけれど、こんなにたくさんの蔵を残した当時の日本人は、明らかに地にのっとっていたのだなぁ。


「土にかける手間」は、「明日にかける橋」でもあると、思うのです。


なんだか叫びたいくらいに、ボクは最近、切に、切にそう思っています。





 



 

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